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便利の代償

午前中のお客さんは電磁波過敏症という病気のある人だった。

社会に出てPCの前で働き続けていたら発症そうな。

以来スマホやPCはツライのだと言う。


午後のお客さんはテレビの音が不快だと言う。ガラケーでの通話は我慢できてもスマホでの通話は我慢できなかったらしい。 

 

耳というのは大事なセンサーで、人工的な音を聞き続けることで壊れてしまうようだ。僕はテレビの音が我慢できないという感性がないので、既に壊れているのだろう。

人間が自然な環境にある限りは、その機能を使いこなす可能性を残している。
そこのジワジワ人工物が入り込んで、何の影響が出るとも分からないまま便利さを優先させてきた。感覚の鋭い人は違和感でもって、人を壊すものを察知する。

電子レンジが良くないとか、添加物が良くないとか。

クラスメートは子供の頃から電磁波が見えて苦しんだそうだ。

苦しいのだから良くはないのだろう。

人間は便利さに隠れた毒に晒されて生きている。
苦くて吐き出すようなことももう出来ないほどに無感覚に。

人間が感覚全開で生きられる命と、感覚を蝕みながらも手軽さと便利さを享受する命。
どちらが幸せなのだろうと思う。