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ないものは出てこない

世の中どんどん便利になっていきまして、便利になるだけ人間自体は退化しているように思います。この先は機械に人工知能をつけて考えることまで機械にやらせるようになるようです。

しかし、人間がカラダを使って積み重ねてきた歴史に比べると産業革命後の急激な便利社会化はまだまだ大した長さではありません。

やはりカラダの中には積み重ねてきた可能性は残っているが、取り出せないところにしまわれたままになっているのだと思います。実際、より自然に近い生活をしている農家の方々の天候の変化を捉える早さやフィジーの方々の身体能力は現代の普通の日本人とは比べ物にならないものでした。

この辺りの能力は、人間が元々持っていて環境次第で誰でも取り戻せるものなのだと思います。そして、それ以上の先祖が体験してきた特殊な能力などもキッカケさえあれば引き出せるのではないかと思います。

そのキッカケとなるものはやはりカラダなのではないでしょうか。例えば古い文化に触れた時に、なんとなく初めからコツが分かってしまうこと、カラダの細かな感覚に注意を向けると体内のことが分かってしまうこと、ある場所に行った時にどこに何があるか分かってしまうことなどはその1例になると思います。カラダ自体が持ち越している記憶(遺伝と言ってもいいかもしれません。)が蘇ることは、知らなかった自分に出会うことです。

特殊な先祖がいた方はそれで超能力者になるかもしれませんが、そうでなければないものは発現しません。ないものはないのです。
ただ人間誰しもが受け継いできた能力、感性は引き出すことは可能です。きっかけはカラダ。動きに感覚。

ロルフィングで引き出される感性や調和も元々カラダの引き出しの中にあるものなのです。